「『魔法の玉が欲しければまずわしの所に来くること。寂しがり屋の老人、 ナジミよりはぁと』  だとー。ふざけんなー。」  ヨキの絶叫が村中に響いた。

レーベの夜

「ふぅ。」  ヨキはベットに体を投げ出しながらこの2日間の事を思い出していた。  思い浮かべるのは親友の事だ。 「あいつ、変わったな」  レーベまでの2日間、再開した時のような笑顔は一度たりとも見せなかっ た。  昔から余り喋らず物静かな奴だったが、あそこまで無表情でもなかった。  どこか、不自然なのだ。  ルイーダの酒場での一件もそうだ。  あの時の表情は寒気がした。その裏の殺気にも。例え、それが自分に向け られているものではないと知っていても、戦慄せずにいられなかった。そこ らのごろつきに向けていいようなものではない。  ここまでの戦闘も思い出すだけで体が震えた。  モンスターに対してではなく、彼の強さに。  スライム、大ガラスなんぞに苦戦するのも困りものだが、あそこまで強い のもどうなんだろうか。  近づく者全てがいつの間にか斬り伏せられている。  剣を抜いているとこすら分からない。  速過ぎるのだ。  サリナスは彼の動きを眼で追えているようだが、しかし、そのサリナスさ え、オルソスの動きを見たとき驚きを隠しきれていなかった。  虫も殺さぬような、黙って佇んでいるだけで動物が寄ってくるような、そ んな奴だったというのに。  争いごとを誰よりも嫌っていたというのに。  少なくとも思い出の中のオルソスはいつも微笑んでいた。 「何が、あいつを変えちまったんだろうな。」  ヨキは呟いた。  呟きの答えはおそらく、いや、確実に、 「あの人、だろうな。」  月を見上げながらヨキは故人の事を想った。  オルソスや自分が兄と慕ったあの人の事を。 「それにしても、自分に自信が無いところは変わっていなかったな。」  それは今日の昼、魔物の群れをあっさり斬り伏せたオルソスとサリナスの 会話の事だ。 「強いな、長いこと旅をしているが君ほどの腕は大陸にもいなかった。」 「いえ、強くなんか・・・。」 「損な事は無いさ、君は十分に強い。オルテガの息子という贔屓目を除いて  もね。」 「そんなこと・・・無いです。」  そのあと、オルソスは黙って前へと進んでいた。  おそらく、オルソスのあの言葉は本心なのだろう。  人の褒め言葉を受け取れない、そんなところは変わってない。  ヨキは窓の外を見た。夜の闇は先ほどより一段と濃く、月は一段と高くな っていた。  自分は強くない、そう思っているからこそ、鍛錬を怠らないのだろう。  だが、そんな事を言うのなら、 「俺なんか、足手まといじゃねえかよ。」  そう、この二日間、サリナスとオルソスの二人以外、モンスターを。倒し てないのだ。二人とも剣を振れば一撃必殺、魔法での援護など必要のないほ どの強さ。  ヨキ自身槍を使えるものの、あの二人と並んで戦えるかといわれれば、答 えは否だ。  サリナスもかなりの強さだ。並の冒険者ではない。  それなのに、何が不安というのだろう。  ヨキはもう一度窓の外を見た。眼下の剣を振るう親友を。 「今から根詰めちゃ、持たないぜ。」  ヨキは思わず呟いていた。  鍛錬が悪いとは思はないが、休める時にはきっちりと休む。それは旅を続 けていく上では必要な事だ。  ヨキもこの後、法力を高める為に瞑想をした後眠ろうかと思っているが、 明らかにオルソスのはオーバーワークであろう。 「それとも、あれが普通なのか。」  だとすれば、それは、 「・・・・・・これ以上は考えても仕方ないか。」  ヨキは考えを打ち切り、日課としている瞑想取り組み始めた。              *  * 「予想以上の力だったな。」  部屋で剣の手入れをしながらサリナスは一人ごちた。  初めて会ったとき、彼の中に底知れぬ何かを感じた。  この二日で何十回魔物と遭遇しただろうか。そのたびに身の毛もよだつほ どの殺気を出し、魔物を殲滅させていった。  見た目はまだ幼い、子供だというのに、一体何が彼をあそこまで駆り立て るのだろうか。  まだ16になったばかりだというのに、あの強さは。 「やはり、貴方の子ですね、オルテガ様。」  父が信頼し、命さえ預けていいとさえ言わしめた、オルテガの息子。  だが、それだけではないような気がする。血だけでは説明の付かない“何 か”が彼にはあるような気が。  そのようなことを考えていると部屋の戸がノックされた。 「サリナス、いいかしら。」  部屋に入ってきたのは、長年旅を共にしてきた彼女だった。 「・・・・・・ひ・・・・・・スノウ、か。」  サリナスは首を振って言いなおした後尋ねた。 「何の用でしょうか。」  夜、自分の部屋を訪れるなんて、ここ数年無かった事だ。 「オルソスのこと、どう思っているのか、あなたの意見を聞きたくて。」  どうやら彼女も同じように彼の事を考えていたらしい。 「正直言って驚いています。まさかあれほどとは、想像もしてませんでした。」 「そう。貴方が言うのなら彼は本物なのでしょうね。」 「ええ、紛れも無く、オルテガ様の子ですよ。彼自身どんなに否定したとし  ても。」 「貴方のお父様が、命を預けようとした、オルテガ様。その子に貴方もそう  するつもりなのかしら?」 「いえ、それはまだ決めた訳ではありません。もうしばらくは様子を見よう  かと。」 「そう、ふふっ。」 「どうかなさいましたか。」  彼女は笑っていた。自分は何かおかしな事でも言ったのだろうか。 「いえ、直らないのね。そういう所は。」 「あっ・・・。」  言われてようやくサリナスは気が付いた。彼女に対して言葉遣いが元に戻 っている事に。 「申し訳・・・・・・、いや、すまない。」 「貴方が謝る事は無いわ、これは私の我儘なのだから。」  そう、我儘なのだ、これは。  スノウの様子を見て、サリナスは話を戻す事にした。 「彼は案外と脆いのかもしれない。」 「どういうこと?」 「あ・・・君は、いや、大抵の人は気が付かないだろうな。さすがにヨキは気  づいているようだが。けれど。まァ。分からないなら分からないままで、  構わないことだけれど。」 「気にならないと言えばウソになるけれど、あなたがそういうのなら聞かな  いことにするわ。」  考え事は自分よりもサリナスのほうが得意だということをスノウも長年の 付き合いで十分に分かっている。 「明日は塔に行くんだ、もう寝よう。スノウも部屋に帰った帰った。」  先ほどまでの真剣な表情はどこへやら、いつものようにはぐらかされた。  塔と言うのはナジミの塔の事だ。  それは、今日の昼の事。              *  * 「ふう、や〜っと見えてきた。久しぶりだな〜。おっちゃん達元気にしてる  かな。」  そう言ったヨキの見る先には、小さな集落がある。レーベだ。 「なんだかのどかそうな所ね。」  スノウも遠くから見た素直な観想を口にした。 「そうなんですよ。本当にのどかな所で、魔王が居るなんて事忘れそうなく  らいに。」 「そんなところに魔法の玉なんかあるのかい?」  遠くから見える限り、平和そうな村だ。サリナスの疑問ももっともだろう。 「心当たりはあるんだろ、ヨキ。」 「う〜ん、多分魔法爺さんの所にあるんじゃないかと。」  ヨキは唸りながらオルソスの問いに答えた。 「魔法爺さん?」  誰だろうか、名前からして持っていそうではあるが。 「ええ、村のハズレの方に住んでるんですけど、その家からいつも煙が上が  っていたんですね。その煙の中に少しだけ魔力があったのを思い出したん  で。」  肩をすくめながら、疑問に答えるようにヨキは言った。 「変人って地元じゃ有名なんすよ。子供の頃、よりつきたくないと思ってい  たのに。」  はぁぁ、と大きなため息をつき、 「こんな形で行く事になるとはね。」  とぼやいた。心底行きたくなさそうだ。 「ヨキ、詳しいね。」 「レーベはヨキの故郷ですから。」  サリナスの言葉に答えたのはオルソスだった。 「なるほど詳しいわけだ。」 「いまは、家族でアリアハンに引っ越してますけどね。」 「村に着いたよ。」  会話を断ち切るようにオルソスは目的地に着いた事を皆に告げた。 「とりあえず、魔法爺さんの所へ行こう。ヨキ、案内頼む。」 「ああ、こっちだ。」  ヨキはオルソスに促され、列の先頭に立った。  少し歩いた所でヨキは誰かに呼びかけられた。 「ありゃ、ハネスさんのとこの坊ちゃんじゃないかい。帰ってきたのかい。」 「お久しぶり、おばさん、元気にしてましたか。」  顔見知りなのだろう、気軽な感じだ。 「ああ勿論さね。おや、オルソスもいるじゃないか。元気にしてたかい。」 「ええ。」  女性はどうやらオルソスとも面識があるようで、気軽に話しかけていた。 「という事はそうかい、いよいよ始まったんだねぇ。それであの子は。がん  ばりなよヨキ、オルソス。私達はあんたらが無事に帰ってくることを信じ  ているからね。」  女性はそういって二人の背を叩いた後、向こうのほうへ行った。  サリナスとスノウはその様子を呆気にとられて見ていた。 「さあ行きましょう。」  ヨキはそんな二人を促して言った。オルソスは既に先に行っている。 「あ、ああ。」  ヨキの言葉にようやく反応した二人は急いでヨキの後を追った。              *  * 「扉が開かない?」 「うん。」  ヨキの怒鳴り声にオルソスは淡々と答えた。  魔法爺さんの家を訊ねたのだが、扉が開かなかったのだ。それどころか、 一枚の張り紙が扉に張ってあった。 「『魔法の玉が欲しければまずわしの所に来くること。寂しがり屋の老人、  ナジミよりハはぁと』だとー。ふざけんなー。」  叫んだ後ヨキはなんだかやるせなくなった。ここまでされると怒りより脱 力感を覚える。 「行くしか無さそうだね。」  同じく軽い脱力感の中で、サリナスはなんとかそれだけ言った。 「相変わらずだな、あの老は。」  何とか平常心を取り戻したヨキは引きつった顔で呟いた。 「うん、まあね。」  オルソスはというとなんだか諦めたような感じだった。 「ふ、二人ともナジミ様に会った事があるのか!」  サリナスは二人の言葉にびっくりしていった。 「ええ、よくこいつん家に来ていたから。」  オルソスを指で指しながら言ったヨキの言葉に合点がいったようだ。 「・・・なるほど、ナレフ老、か。」  ナレフは“賢者に最も近きもの”といわれるほどの大魔導師だ。確かに賢 者と交流を持っていても別段不思議ではない。  それにしても、ナジミといえば世界でも名高い賢者だ。“先見の賢者”と も呼ばれ、王侯貴族から予知の依頼は数知れないが、すべて断って生活して いるという、高潔なイメージがある。  それがサリナスの中で今、音を立てて崩れ落ちていた。 「とにかく。」  ヨキはショックを受けているサリナス、スノウに向かって言った。 「ナジミの爺さんの所に行かねえと先に進めそうにねえな。」 「そうだね。」  唯一平常心を保っているオルソスだけがそれに答えた。 「場所は知っているの?」  ヨキの言葉に現実に戻されたスノウが訊ねた。 「ええ、ここから南の孤島にある塔、通称“ナジミの塔”にいると思います。」 「孤島?船は出ているの?」 「いえ、出ていませんけど。」 「じゃあ、どうやって行くんだい?」  サリナスの疑問にヨキは指を振りながら、 「それはですね・・・。」 「ここから南に洞窟があってそこと塔が繋がっているんです。」 「オルぅ〜。」  オルソスにセリフを取られていた。 「今日はもう遅いですし、宿を取って休みましょう。」  オルソスはヨキを無視して淡々と言った。オルソス言うとおり日が暮れ始 めている。 「そうだね。」  サリナスも無視した。  この2日野宿だった。野宿に慣れてはいるが折角宿に泊まれるのだ。反対 する理由も無い。  何より休める時に休むのは旅の鉄則だ。サリナスはそう考え、  「だったらまず宿を探そう。」 「それだったら任して下さい。」  ここぞとばかりに元気よく言ったのは地元出身のヨキだった。              *  *  ヨキは静かに目を開けた。 「笛?」  それは確かに笛の音だ。  静かな音。しかしどこか悲しい。 「鎮魂曲(レクイエム)か・・・。」  誰の為に?そんな疑問が頭をかすめた。だが、すぐに思い当たった。 「アイツ、まだ気にしてんのか。」  悲しみこそ帯びているが、この音色は間違いなく親友のものだ。  音は止まることなく、夜の闇へと流れ込む。  聴いているだけなのに、何故かこちらまで辛くなってきた。  まるで傷が痛むような、そんな感じだ。 「・・・。」  この、この三年間は大きかったのだろうか。  ヨキとてまじめに修行して来たというのにオルソスとのこの差は一体何な のだろうか。  仮とはいえ、神官を名乗れるようになったというのに、力になれると思っ ていたのに、この圧倒的な実力の差は。  それに加えて、誰も寄せ付けないような雰囲気。  サリナスやスノウに対してだけ、というのなら分かる。まだ出会って二日 しかたっていないのに信用するというのも変な話なのだから。  しかし、サリナス達ほどではないにしろ、自分に対しても壁を作っている ような気がした。  そしてその原因は、 「やっぱ、あの人だろうな。」  それこそが、彼を駆り立てているのだろう。  だが、所詮、憶測に過ぎない。  結局分からない事だらけだ。 「ナジミの爺さんは、聞いても答えてくれんだろうな。いつもはふざけてい  るくせに、真面目な話となると途端にはぐからす、そんな性格だからな、  あの爺さんは。」  何にせよ、旅は始まったばかりだ。あせることはない。 「ほどほどにしとけよ。」  聞こえないことを知りつつ、今だ外にいる親友に向け言ったあと、ヨキは ベットの中に入った。              *  *  一つ、また一つ、閃光が闇夜を駆け、消えていく。  次々と生まれる閃光は一本の剣のきらめきである。  そして、その剣は鞘に納まっている。いや、いるように見える。  常任には勿論、達人でさえ見切ることの困難なその恐るべき軌跡を描いて いるのは紛れもなく、抜刀術のそれである。  技を放っている本人の周囲には耐えることなく光の残像が見えるほどの速 さだ。それでいて、剣士の足元には汗の一滴も落ちてはいない。  その代わり、足元の地面はえぐられたように随分と深く掘られていた。  一体どのくらいそうしていたのだろうか。 「ふぅ。」  一心不乱に振るい続けていた剣を止め、一息ついた。  そして、おもむろに近くの手頃な大きさの石に腰を下ろした。  目隠し代わりに使っていたタオルを取ると、突如として全身から汗が吹き 出た。その汗を先ほど取ったばかりのタオルで拭った。どうやら休憩らしい。  顔を拭った後、少年の手は自然と胸元に来ていた。  旅に出る前夜、いつも一緒であった少女と交換した首飾りへと。  首飾りを手の上でもてあそびながら、何を考えているのだろうか。彼女の 事だろうか、それとも・・・。  唯一ついえることは、そこにある種の違和感こそあるものの、彼の目は先 ほどの真剣な表情とは違い優しさに満ちていた。  彼はしばらく大切な何かを扱うかのように首飾りをいじっていた。  月が傾きかけた頃、彼は首飾りから手を放し、懐から一本の笛を取り出し た。見た目かなり古めではあるが、手入れが良く行き届いており、なお新品 であるかのような輝きを放っていた。  それをじっと見つめた後、彼は笛を唇へと運んだ。  笛の音が、月夜に鳴り響く。  美しい音色だ。  だが、その曲は何故か寂しさに包まれていた。  鎮魂曲(レクイエム)だ。  彼は何を思いこのような曲を吹くのだろうか。  死者を弔う曲を。  曲だけではなく、かれの奏でる音自体にもどこか哀愁が漂っていた。  まるで、夜の闇に消えていきそうな儚さだ。  彼は誰のために笛を奏でているのだろうか。  それは誰にも分からない。  ただ静かな音色だけが、虚空へと消えていった。

 2007年5月6日          アリアハン 4.レーベの夜 あとがき       えー、よく見てみたらあとがきがないことに気がつきました。      あはははは(汗)       どうでしたでしょうか。話のほとんどが回想みたいになりまし      た。       正直ちょっと苦手な文体です。だああ。       はい、また出ましたね、『彼』。『彼』は物語において結構重      要な人物になる予定。(おいおい)       出てくるのはだいぶ後になりますが、これからもちょくちょく      話には絡みます。       気を長ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーく      してお待ちを。       ヨキ君一人で悩んでます、サリナススノウ組は意味深な会話で      す。この二人については気づいた方はいないと思います。気づい      た人はすごい。       というわけで今回はこの辺で。ありがとうございました。
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