「おおっ!!チビミニスか・・・ぐはっ!!」
「三年ぶりにあって第一声がチビはないでしょ!」
ヨキに激しく突っ込みを入れながらミニスは言い放った。
3.出発
「まずは、どこに行くんだい?」
店を出てすぐサリナスは口を開いた。
「そうですね。まずはレーべに向おうと思います。」
「何かあてでもあるのかい?」
レーベはアリアハンから北に二日ほどの距離に位置している、のどかな村
だ。
ここで栽培されているリンゴは、非常に美味しく『レーベリンゴ』といえ
ば世界的にも有名だ。
しかし、それ以外には特にコレと言ったものは無くいたって普通の村であ
り、サリナスの疑問ももっともであった。
だが、ヨキはオルソスが何を目的にしているのか、気づいた。それは、オ
ルソスとヨキが王から旅を始めるならまず最初に手にいれろと言われた物で
あったからだ。
「ああ、魔法の玉か。」
「魔法の玉?なんだい、それは。」
二人の聞かされた話によると、アリアハン北部にある洞窟は現在、アリア
ハン、ロマリア両王家の合意の下ある種の封印がなされており、その封印を
解くためには、魔法の玉が必要なのだという。
オルソスが、そのことを説明しようとした矢先、
「爆弾よ。封印解除専用の。」
予想外の人物がその答えを口にした。
「各国の王家のものが関所に封印を施す際、その解除方法として魔法の玉を
使うことがあると聞いたことがあるわ。」
オルソスとヨキは驚いて、声の主であるスノウの方を見た。
二人は今日、王から始めて魔法の玉のことを聞かされたというのに、どう
して、一介の旅人である彼女が、魔法の玉のことを知っているのだろうか。
「なんで…。」
ヨキは内心の動揺を隠し切れず、思わず呟いていた。
いくらサリナス、スノウの旅の経験が豊富とはいえ、知っているはずがない。
何しろ、王の話では、魔法の玉を実際に使っているのは、アリアハン王家
だけだという話だったからだ。
しかし、スノウはただ涼やかに、
「昔ね…。」
と答えたきり、再び口を閉ざした。
「昔って…。」
そんなはずがない、そうヨキは言おうとしたが、オルソスは目でそれを制
した。今はまだ、聞くべき事ではないと言うように。ヨキはオルソスが何を
言おうとしているのに気づき口をつぐんだ。
「スノウさんが言ったように、私たちは封印を解くために魔法の玉を取りに
いきます。」
かわりに、オルソスは宣言するように言って、先を歩き始めた。話は、も
う無いと言うかのように。
* *
「あっオル。それに…ヨキじゃない!」
不意に後ろから女性の声がした。その声はオルソスとヨキにとっても聞き
覚えのある声だった。
「おおっ!!チビミニ…、ぐはぁっ。」
ヨキがチビと言った瞬間女の子の繰り出した強烈な高速ハリセンチョップ
が、スッパーン、といい音を立てて、ヨキの顔面を正確に捉えていた。
「三年ぶりにあって第一声がチビはないでしょ。大体私がチビなんじゃなく
てあんたが大きすぎるのよ。」
ヨキに怒りながら、桜色の髪を持つ彼女はいそいそとハリセンをしまった。
彼女はオルソスやヨキの幼馴染の一人でヨキと同い年。先ほどのやり取り
からも分かる通り、気の強い性格をしており、なぜか常にハリセンを持ち歩
いている。(そして何処にしまってあるのかは謎である。)
本人曰く、
「あると便利。」
なのだそうだ。ヨキに指摘された身長のほうは、別段低いわけではなくオ
ルソスとおなじ位あり、女の子としては平均といえるだろう。あえて言うな
ら彼女の主張するように、ヨキの身長が単に高いだけである。
まだ痛むのだろう、ヨキは鼻を押さえながら、
「いてて、お前こそ、いきなり、ハリセンかよ。成長が無いのは背だけにし
とけって、・・・グォッ。」
再び叩かれ、今度は倒れ伏したまま動かなくなった。
しかし、ミニスはそんな事など無かったかのように後ろへ声をかけた。
「おじ様〜。こっちこっち。」
ミニスの後ろの方から歩いてきたのは、大柄な騎士だった。
騎士の着ている鎧の胸元には鯨をかたどった蒼の紋章があった。
騎士は、サリナス、スノウの二人を見て、
「オル、この人たちが旅の仲間か?」
体に見合った低い声で訊ねた。
「はい、先生。こちらの戦士がサリナスさん、魔法使いの女性がスノウさん
です。」
「申し遅れました、私の名はガルダ。この子に剣を教えていた者です。」
騎士は体に見合った低い声で、丁寧に自己紹介をした。
「おお、あなたがアリアハン騎士団長のガルダ殿でしたか。こちらこそ申し
遅れました。私の名はサリナス。」
「スノウです。私たち二人は、今回オルソスの旅に同行することになりまし
た。」
サリナスは挨拶を交わしながら、内心恐縮していた。アリアハンのガルダ
といえば、大陸のほうにも聞こえているほどの武勇を持った騎士である。そ
れはただの噂などではないことをガルダの持つ気配が如実に語っていたから
だ。
「サリナス殿にスノウ殿ですか。ふむ・・・。」
ガルダは、二人の名前を復唱して、
「お二方とはどこかでお会いしたことがありますかな?初めて会ったような
気がしないのですが。」
「気のせいでしょう。」
「そうですか、申し訳ない。」
「いえ。」
「サリナス、スノウ……。」
その後も何か気になったのか、ガルダは何度か二人の名を復唱していた。
「先生。」
オルソスは盾を取り出しながら呼びかけ、
「盾、ありがとうございます。大切に使います。」
礼を言った。取り出した盾は、昨日の晩受け取った、ガルダからの贈り物
だ。
ガルダはそっぽを向きながら、
「体には気をつけろ。」
と言った。無精ひげの顔は赤くなっていた。面と向かって礼を言われるのが
苦手なのがこの騎士の性格なのであった。
オルソスもその辺りのことはよく分かっている。父オルテガが旅へと出て
から父親代わりにオルソスを鍛え、育ててくれたのがこのガルダであったか
らだ。
だからこの一言で十分だったのだ。恥ずかしがりやのもう一人の父への感
謝の言葉は。
そんな中、ミニスはガルダの後ろに向かって呼びかけていた。
「ちょいちょい、カナちゃん、何でそんなところに隠れてるの?出てきなよ。」
呼ばれて出てきたのはミニスよりもさらに背が低い女の子だった。ヨキは
その顔に見覚えがあった。
「カナタか、久しぶり。」
「う、うん。久しぶり、ヨキ君。」
彼女はオルソス達のもう一人の幼馴染、カナタだ。
「なぁ、ヨキ、この二人は誰なんだい?知り合いのようだけど。」
「あ、すいません。」
ヨキはようやくサリナスとスノウが置いてきぼりになっていることに気づ
いた。
「紹介しますよ。二人とも俺たちの幼馴染で、今出てきたほうがガルダ団長
の娘のカナタで、ポニーのチ…ぐぉぁ…、…ぅぅぅ。」
「はいは〜い、あんたはちょ〜っと黙っていようね。次は本気でいくからね〜。
失礼しました。あたしはミニス・ルマン。レーベで商人見習いやってます。」
チビと言い終える前にミニスは再びハリセンをヨキの顔面へとめり込ませ、
何食わぬ顔で自己紹介した。
サリナスはこの光景をほほましく眺めた後、
「ははは、サリナスだ。よろしく。」
「スノウよ。よろしく。」
ちなみにヨキは後ろのほうで死んだ様にくたばっている。
それはさておき、ミニスは興味深々と言うようにスノウへ尋ねた。
「あのぉ、スノウさん。」
「なにかしら。」
「その杖見せてもらってもいですか。」
「いいわ。どうぞ。」
「やったぁ。むむ、う〜ん、え〜と、ふむふむ……。」
ミニスはスノウから許可をもらうと待ちきれないと言うように、杖をすば
やく自分の手元へ引き寄せ熱心に見始めた。
「いったいどういうことだ?」
サリナスがその様子を呆然と見てつぶやいた後もミニスはまだ、まじまじ
と杖を見ていた。
「サリナス殿、スノウ殿。」
不意に後ろからかけられた声に二人は振り返った。
ガルダはその二人を交互に見た後、
「オルソスとヨキのこと、よろしくお願いします。」
ガルダにとってオルソスは自分の息子のような存在だった。
引き篭り気味であった小さなカナタを外へと連れ出していたのは、いつも
オルソスたちであったし、また、オルテガが旅に出た後よく自分にもなつい
てくれた。
まぎれもなくオルソスは自分にとってもう一人の息子だった。
そんな立場からの言葉だった。
当然、サリナス達はそんな事、知る由もない。
だが、ガルダの言葉の裏に深い愛情があるのを読み取り、
「分かりました。必ずまたここへ。」
サリナスは思わず口にしていた。
「あっ、ここが、そうなのか……。」
ミニスはまだ杖を見ていた。
「それにしても飽きないね、彼女。」
「武器マニアなんですよ、あいつ。」
ようやく復活したヨキがサリナスの疑問に答えた。
「武器マニア?」
「ええ、あいつ、武器屋の娘なんですよ。」
「ああ、なるほどね。」
サリナスはヨキの言葉にようやく納得して、いまだ楽しそうなミニスを見
た。
「しかし、あいつなんでここに……。ああそうか。」
その後、ヨキの独り言は誰に聞こえることもなく風の中へと消えた。
「ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
ようやく見飽きたのか、ミニスはスノウへ杖を返して礼を言っていた。
ヨキは頃合と思い、
「そろそろ行きましょうか。」
二人へ声をかけた。
「ああ、そうだな。だが、彼は……。」
「オルはいいんです。先に町の出口で待っていましょう。」
サリナスの言葉を先取りしてヨキは言い切った。
だが、自分達よりも付き合いの長いヨキがそういうのだ。彼に従ったほう
が懸命だと考えて、サリナスはヨキにあわせることにした。
「そうか。分かった。」
が、
「ヨキ、敬語はやめてくれないかな?これから一緒に旅をしていくんだ。い
つまでもそんな調子じゃ君も疲れるだろう。」
「そうですね、いやわかった、サリナス。改めてよろしく。」
サリナスと手を合わせた後、ヨキはミニスのほうへと振り向き、
「つー訳で、もう行くわ。元気でな。親父さんの足引っぱんじゃねえぞ。」
「あんたこそ、足手まといにならないようにしなさいよ。サリナスさん、ス
ノウさん、この馬鹿とオルのこと、よろしくお願いしますね。」
「ああ、承知した。それでは。」
そして三人は出口へと向かった。
「サリナス……、スノウ……、サリナスに…スノウ……。」
その後姿を見ながら、ガルダは再び二人の名を復唱していた。
* *
「昨日さ、言いそびれていたことがあった。」
先に沈黙を破ったのはオルソスだった。
「なに?」
「体には気をつけて。」
「うん、オル君も、体には気をつけてね。」
「うん…。」
再び二人の間に沈黙が訪れる。
小さなころから、ずっと一緒だった。
常に「勇者・オルテガの子」という言葉が付きまとい、周囲から期待の目
で見られ、同年代からはどこか避けられていたオルにとって、初めてできた
友達がカナタだった。
そして、いつも部屋に引き篭ってばかりいたカナタにとっても、オルソス
は初めてできた友達だった。
二人ともおとなしめの性格だったが、それでもお互い初めてできた友達だ
けに、いろいろなことを話した。
楽しいときも、笑うときも、辛い時も、いつも傍にいた。
いつも一緒だった二人。
そんな二人が離れるのは、これが初めてのことだ。
そして、もしかすれば、いや、かなりの確率で、これが永遠の別れになる
のだ。
二人が何も言えないのも無理はないのかもしれない。
向こうの方でミニスのはしゃぐ声がする。
長い静寂の後、ヨキたちが先に行ったことに気がついた。
「じゃあ…。」
言ってから、オルソスは何を言うべきなのか、迷った。
さよならは、違う気がした。
「オル君。」
しかし、そんなオルソスを見て、カナタは言った。
「行ってらっしゃい。」
と。
その瞬間、オルソスの中で答えが見つかった。
昨日誓ったはずじゃないか、ここに戻ってくる、と。
だとしたら、発する言葉は決して別れの言葉じゃない。
だからオルソスは言った。
「うん、言ってくるよ、カナタ。」
再会を約束する言葉を。
「うん。あっ、オル君。」
そして、出発しようとしたオルソスをカナタは呼び止めた。
「なに?」
何か言い残したことでもあるのだろうか。
昨日の晩、話したいことは話したはずだ。
「まだ、言ってなかったよね。」
だが、カナタは微笑んで、
「16歳の誕生日、おめでとう、オル君。」
当たり前のように言った。
そんなカナタに、オルソスは一瞬何を言われたのか分からなかったが、す
ぐに、それが自分を祝ってくれているのだと気づき、
「うん、ありがとう。」
礼を言った。
そして、オルソスは今度こそ旅へと向かった。
カナタは、オルソスが行った後、その背中が見えなくなるまで、見送った。
その後姿が見えなくなるころには、その視界はぼやけていた。
2006年7月14日
アリアハン 3.出発 あとがき
や〜〜っと書き終えた〜。2からずいぶんと長かった気が。
今回も新キャラが登場してます。つってもまたしばらく出てこ
ないような気が。何しろアリアハン去っちゃいましたし。
ミニスは、もっと先で登場させるつもりだったのですが、やっ
ぱりドイツもこいつもしゃべってくれず、このままではヨキの独
壇場になってしまうと言う危険な事態になりそうだったので、急
遽登場願いました。その割にはあまりしゃべってないような。
まぁ気を取り直して、どーでしたでしょうか。ついにオルソス
達の旅が幕を上げることになります。
これからどうなるんでしょうか。ふわりにも分かりません(ぅおい)。
最後に、読みづらい文を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
これからも、オルソス達のことをよろしくお願いします。