プロローグ

                       

                       

 静かな波が打ち寄せてくる。  よせては引き、引いてはよってくる。  そんな満月の夜に響くのは笛の音。  吹いているのは一人の少年。まだ十四、五のようだが、その眼はすでに、 少年とは言えないような悲しみを抱いていた。  寂しそうな音色が満月の空へと飛び去っていく。  少女のような唇から生まれるそれは、波の中へ溶け込んでいくかのように 消えていく……。 「やっぱり、ここにいた。」  少年はよく知った声に笛を止めた。 「ねえ、横…いいかな……。」  少年は振り向かずに手だけで肯定を示す。 「明日…なんだね、いよいよ。」 「うん。」  そう答えた後、少年は今しがた来たばかりの彼女の方を見た。見た目は十 三ぐらいなのだが、 これでも今年、少年と同じく十六になる。しかし、背が低い上に童顔では、 幼く見られても、無理は無い。 「行っちゃうんだね…。」 「うん、約束したからね。」  僕は答えて、もう一度彼女を見た。  いつもは二つ団子を作っている髪は、今は流したままになっていた。そん な彼女が、いつもと違って神秘的に見えたのは、明日からしばらく会えなく なってしまうからか、月明かりに照らされているからなのかは、分からなか った。 「しばらく、会えないんだね。」 「うん。」  そうつぶやく彼女の声が沈んでいくのが分かった。  僕も彼女に会えなくなると考えると少し気が重かった。 「兄さんには、何を話したの?」  沈んだ事を隠すかのように別の話題を振ってきた。 「旅の安全と、見守って下さいって。」 「そっか。」  彼女の兄は3年前のジェノサイド戦役の時に亡くなった。僕の事をかばっ て。今の僕があるのも彼女の兄のおかげなのだった。  夜の風が僕たちに海の匂いを運んでくる。  風が気持ちいい。  彼女が口を開いた。 「ねぇ、私とも約束して?」  なんとなく、彼女が何を聞いているのかは分かっていたけど、 「な、何を?」  ぼくは、わざととぼけた。  けれど、彼女は言葉を紡ぐ。 「必ず…帰ってくるって。」 「それは……。」  明日も知れぬ旅では約束できない事。  ましてや、僕のはただの旅じゃあない。はっきり言ってしまえば死にに行 くようなものだ。  勇者と称された父でさえ生死不明になってしまう旅だった。  どうして約束なんて、生きて帰るなんて、簡単に言えるのだろう。  けれど、次に起こした行動に自分でも驚いてしまった。 「じゃあさ、コレ…預ってて。」  言いながら僕はいつも使っている剣から、お守りを取って渡した。  彼女は突然の事に驚いたが、やがて僕が言わんとしている事に気づくと慌 てた。 「ヘッ?…だ、ダメだよ。それ、大切なお守りじゃなかったの?」  そう、僕にとって大きな意味を持つお守り。  だけど、いや、だからこそ、彼女に持っていて欲しかった。 「うん。だから、必ず戻るって証になるから。」  今なら、父が何故、母と約束したのかが分かる。  誰の為でもなく、自分がこの場所に帰るための約束なのだと。  そして、希望を絶やさぬ為なのだと。 「だから、預っていて欲しい。」  彼女は少し考えた後、 「あっ、そうだ。」  首元に手をやり、いつも身につけている首飾りを僕に突き出して、 「交換しよ。」  名案、とばかりに言い放った。 「その首飾りは…。」  彼女にとって、大切だった兄の形見だ。  そんな大切なもの。受け取る訳にはいかない。  だけど、彼女は言った。  僕を見ながら、願うように。 「大事な首飾り。だから必ず返してね。」  彼女はおそらく引かない。  首飾りが、僕にとってのお守りと同じ意味を持つ事を知っているから。  僕が父から始めて貰った物だと。  僕が父から最後に貰った物だと。  僕は少し考えた後、 「うん、じゃあ交換!!」  僕らは首飾りとお守りを交換した。  風が強く吹き付ける。  波の音が辺りに響いた。  ふと、僕は、彼女に、 「何か用事があったんじゃない?」  彼女が何かを後ろに持っているのは来た時から気づいていたけど、彼女の 事だ、忘れているような気がした。 「ああっ!!」  案の定だった。  彼女にしては珍しく大きな声を上げていた。大事な用だったようだ。 「これ、お父さんから。」 「先生から?」  彼女から渡された袋には、盾が入っていた。 「『餞別だ、受け取っておけ』って。」  先生の口真似をしながら彼女はおかしそうに笑った。  確かに、先生がこんなせりふを言うときには真っ赤な顔をしている。無精 ひげの赤い顔はさぞかしおかしかっただろう。  それはそうと明日、お礼を言わなくちゃ。  再び風が強くなった。 「くしゅん。」  夏に入りかかっているとはいえ、潮風はまだ冷たい。  見ると彼女は少し震えていた。 「そろそろ戻ろうか。」  僕は彼女を促し戻ろうとしたが、 「待って。」  彼女は僕を引き止め、何か布みたいな物を渡した。 「あと、…これも…。」 「これは…。」 「マントだよ。気に入らなかったらごめんね。」  そのマントは青一色だった。おそらく僕が青が好きだと言ったから、その 色を選んだに違いない。彼女の気遣いが嬉しかった。 「いや、ありがとう。大切に使うよ。」  風が、一段と冷たくなってきた。 「じゃあ、また…。」 「送っていくよ。」  彼女のセリフを遮り、僕は言った。 「えっ?」 「もう遅いから。」  一瞬戸惑ったあと、 「え〜と…じゃあ、お願いします。」  彼女は返事をした。  僕らは立ち上がって、並んで家の方へ行った。 (必ず、もう一度来ます。)  そんな思いを込めて、  僕は墓に向かって一礼してから…。  彼女に首飾りを返す為に。  そのとき、僕は…。

    2006年2月5日              プロローグ 夜 あとがき       いや〜疲れました。難しいものですね。文章力が無いのが泣け      てくる。(涙)       皆さん、名前でてませんねぇ。ま、おいおい分かってくると思      います。コイツがそうなんだ、とか思ってもらえると嬉しいです      ね。       今は5月ぐらいのつもりで書いています。まだ夜は寒い時期で      すよね。       今回裏などありません。まぁ失敗ばかりのプロローグでした。      そんな私のDQVを呼んでくださり大変ありがとうございます。
戻る